タマネギは生活習慣病に悩む現代人に最適の「薬」です。 日本では比較的新しい野菜ですが、中近東やインド、ヨーロッパに おいては古くから最もポピュラーな食品であり、利用価値の高い薬でもありました。古代エジプトではピラミッドの建造に従事していた労働者の 貴重なスタミナ源だったという記録が残っていますし、14世紀の中頃、ヨーロッパでペストが大流行したとき、タマネギを商っている家では患者が出なかったという話もあります。
化学が進歩してからは化学薬剤が医療の主役になりましたが、それまでの間タマネギはおよそ知られている病気の大半に有効とされてきたのです。 そのような歴史的経緯から近年、食物の薬効が注目されるようになるとタマネギは、まっ先にとりあげられ欧米やインドの科学者によってさかんに研究されるようになりました。
それらによりタマネギには従来考えられていた以上に多彩 な作用があり、しかもその効能は一般の民間薬のレベルをはるかに超えるものであることが分かりました。 日本でも最近、斉藤嘉美先生(文京第一医院院長、元東京大学医学部講師)が世界にさきがけて糖尿病や心血管病、骨粗鬆症等に関する臨床試験の成果 を報告され反響をよんでいます。
アメリカ国立ガン研究所のピアソン氏が提唱したデザイナーフーズ計画でも抗ガン食品としてとりあげていますが、欧米や中国などの研究機関が行った多くの疫学調査により、とくに胃ガン、大腸ガン、食道ガンなどの消化器系ガンに対して顕著な予防効果 のあることが報告されています(表1)。
表1 タマネギと胃ガン
「タマネギはガン・心血管病・ぜんそく・骨粗鬆症にも有効」 斎藤嘉美著
心臓病や脳卒中の多くは動脈硬化が引き金になります。動脈硬化がおきると血管が狭くもろくなり、 血栓(血のかたまり)ができてつまったり(心筋梗塞、脳梗塞)、破れて出血しやすくなります(脳出血)。
従って心臓病や脳卒中を防ぐには動脈硬化や血栓の予防が大事ですが、タマネギにはその危険因子である高脂血症(高コレステロール、高中性脂肪)や高血圧に対する顕著な予防・改善効果 があります。 とくに高脂血症に関しては約80パーセントの有効性が報告されています(図1) 。
図1 タマネギによる脂質改善効果
「タマネギはガン・心血管病・ぜんそく・骨粗鬆症にも有効」
斎藤嘉美著
血栓予防(血小板凝集抑制、線溶活性)についても斉藤嘉美先生はほぼ同様の効果 を認めています。 疫学調査により抗酸化物質のフラボノイド類の摂取量 が多いと虚血性心疾患のリスクが低下することが 分かっていますが、タマネギはもっとも重要なフラボノイド(ケルセチン)の摂取源で、しかもタマネギのケルセチンはもっとも吸収がよいとされています。
心血管病とともにタマネギの効果がもっとも期待される病気です。タマネギの血糖降下作用に 関しては多くの報告がなされていますが、斉藤嘉美先生の臨床試験によれば約80パーセントの 患者で血糖値の降下、ヘモグロビンA1cの低下が認められました(図2)。 また、糖尿病の合併症である腎症、神経障害、視力障害についても多くの改善例が報告されています。
図2 タマネギによる血糖低下作用
「タマネギはガン・心血管病・ぜんそく・骨粗鬆症にも有効」
斎藤嘉美著
タマネギに抗ぜんそく作用があることを証明したのはドイツのルドウィシュ・マキシミリアンズ大学のドルシュ氏らです。動物実験でタマネギ抽出物が気管支ぜんそくの誘発物質の気管支収縮作用を抑制することが確認され、さらにヒトでも気管支ぜんそく誘発物質の生成を抑制することが分かりました。
また、実際にヒトにハウスダストやハムスターの毛の抽出物を吸入させる臨床実験でもタマネギのぜんそく発作の抑制効果 が確認されています。
1999年にスイスのベルン大学のミュールバウェル氏らは動物実験により、骨粗鬆症には肉、卵、スキムミルクなどの動物性食品よりも野菜とくにタマネギが有効であったと報告していますが、斉藤嘉美先生は骨粗鬆症の患者にタマネギ(濃縮乾燥粒)を投与して、骨量 、骨吸収に顕著な改善効果が みられたことを報告しています。
タマネギにはグルタチオン(もしくはグルタチオン様物質)が多く含まれています。グルタチオンは3つのアミノ酸からなる物質で酸化還元を正常に維持する重要な役割を果 たしています。 体内ではとくに肝臓と眼の水晶体に多く、肝臓では薬物の処理、過酸化脂質や活性酸素の分解、眼では水晶体や角膜の透明性の維持などの働きをします。
タマネギを常食すると薬物中毒や慢性肝炎、白内障、 疲れ目、かすみ目などが改善されるのはグルタチオンによるものです。 タマネギ抽出物に炎症を抑える作用のあることも報告されています。気管支ぜんそくの抑制効果 もこの抗炎症作用によるものと考えられます。
タマネギ抽出物には殺菌作用、抗ウィルス作用もあります。その作用はニンニク成分ほど強くないので多食しても腸内の有用菌に大きな影響を与えることはありません。先に述べたタマネギがペストの予防に役に立ったという話も、この抗菌作用が関係していたのかもしれません。
老化の原因の1つとしてたんぱく質や脂質の糖化があげられていますが、タマネギには血糖をコントロールすることにより糖化を防ぐ作用があります。また、糖化の結果 生じる老化物質(エイジ)の生成を防ぐ作用もあると考えられています。
老化のもう1つの原因として活性酸素による細胞内たんぱくやDNA障害があげられていますが、タマネギには活性酸素を消去する顕著な作用もあります。そのほか、皮膚病、精神安定・不眠解消、疲労回復、便秘改善等の効果 も報告されています。
タマネギの栄養的な特徴としては糖質にオリゴ糖が多いこと、たんぱく質はすべての必須アミノ酸を含み、 とくに硫黄を含むアミノ酸が多いことなどがあげられます。オリゴ糖は腸内の善玉 菌(ビフィズス菌など)の 働きを助け、硫黄を含むアミノ酸は動脈硬化の予防に役立つとされています。
しかし、タマネギの薬効食品たるゆえんは大量 に含まれている生理活性成分にあります。タマネギの生理活性 成分には多くの種類がありますが、硫黄を含む有機化合物(含硫有機化合物)とフラボノイドの一種である ケルセチンに大別できます。
タマネギには多種大量の含硫有機化合物が含まれています。タマネギの主要な薬理作用にはすべて、この含硫有機化合物が関係しています。含硫有機化合物はネギ、ニラ、ニンニク、ラッキョウなど他のネギ属の野菜にも含まれています。
ネギ属の野菜に特有のにおいは含硫有機化合物によるものです。 しかし、含硫有機化合物は植物によって化学的な構造が異なり、効能にも大きなちがいがあります。 タマネギに含まれる含硫有機化合物は量が多いだけでなく、他の植物にはみられないほど多彩 な効能を もっています。
タマネギの含硫有機化合物はもともと球根に存在する成分、タマネギを切ったときに酵素(アリナーゼ)と 反応して生じる成分、蒸留した油分に存在する成分の三つに分類できます。目を刺激して涙を流させる成分 は球根に含まれている成分(イソアリイン)が酵素反応をおこして生じたものです。
フラボノイドの一種であるケルセチンもタマネギの薬効に関係する重要な成分です。フラボノイドは 植物に含まれる色素の一部で、植物を紫外線から守る役目をもっていますが、ヒトの体内でもすぐれた 抗酸化作用を発揮することが報告されています。
従って、活性酸素(反応性の強い有害な酸素)によって おきるガン・動脈硬化の予防効果が期待されます。実際、最近の疫学的な調査の結果 も、フラボノイドの多い食品を常食すると、ガンや虚血性心疾患のリスクが減少することを裏付けています。
タマネギにみられるガンや動脈硬化の抑制作用も、含硫有機化合物とともにフラボノイドの一種である ケルセチンが関係していると考えられます。ケルセチンはいろいろな野菜、果 物、お茶などに含まれていますが、食生活の調査結果から、タマネギ、リンゴ、お茶がもっとも重要な摂取源とされています。
ケルセチンの吸収率は食品によって異なりますが、タマネギのケルセチンはもっとも吸収のよいものである ことが分かっています。 タマネギにはほかに、グルタチオンという3つのアミノ酸からなる物質が含まれていて、解毒・肝機能強化、 眼の保護、酸化防止などの役目を果たしています。